
エルヴィス・プレスリーの「グッド・ラック・チャーム」
あと10年も経って、
―村上春樹,風の歌を聴け
この番組や僕のかけたレコードや、
そして僕のことをまだ覚えていてくれたら、
僕のいま言ったことを思い出してくれ。
彼女のリクエストをかける。
エルヴィス・プレスリーの「グッド・ラック・チャーム」。
この曲が終わったらあと1時間50分、
またいつもみたいな犬の漫才師に戻る。
御清聴ありがとう。
何回読んでも泣けてくるシーンてやつがあるとしたら、
この場面だ。
10年どころじゃあない、
もうずっとこの番組やかけられたレコードやDJのことは覚えていて夏が来る度に必ず思い出す。
土曜日の夜がやってきて、
ラジオN・B・E、ポップス・テレフォン・リクエストが始まる。
DJは、
レコードをかける前に一通手紙を紹介する。
それは、
こんな手紙。
「お元気ですか?
―村上春樹,風の歌を聴け
毎週楽しみにこの番組を聴いています。
早いもので、
この秋で入院生活ももう三年目ということになります。
時の経つのは本当に早いもんです。
もちろんエア・コンディショナーのきいた病室の窓から僅かに外の景色を眺めている私にとって季節の移り変わりなど何の意味もないのだけれど、
それでもひとつの季節が去り、
新しいものが訪れるということはやはり心の躍るものなのです。
私は17歳で、
この三年間本も読めず、
テレビを見ることもできず、
散歩もできず、
……それどころかベッドに起き上がることも、
寝返りを打つことさえできずに過ごしてきました。
この手紙は私にずっと付き添ってくれているお姉さんに書いてもらっています。
彼女は私を看病するために大学を止めました。
もちろん私は彼女には本当に感謝しています。
私がこの三年間にベッドの上で学んだことは、
どんなに惨めなことからでも人は何かを学べるし、
だからこそ少しずつでも生き続けることができるのだということです。
私の病気は脊髄の神経の病気なのだそうです。
ひどく厄介な病気なのですが、
もちろん回復の可能性はあります。
3%ばかりだけど……。
これはお医者様(素敵な人です)が教えてくれた同じような病気の回復例の数字です。
彼の説によると、
この数字は新人投手がジャイアンツを相手にノーヒット・ノーランをやるよりは簡単だけど、
完封するよりは少し難しい程度のものなのだそうです。
時々、
もし駄目だったらと思うととても怖い。
叫び出したくなるくらい怖いんです。
一生こんな風に石みたいにベッドに横になったまま天井を眺め、
本も読まず、風の中を歩くこともできず、
誰にも愛されることもなく、
何十年もかけてここで年老いて、
そしてひっそりと死んでいくのかと思うと我慢できないほど悲しいのです。
夜中の3時頃に目が覚めると、
時々自分の背骨が少しずつ溶けていく音が聞こえるような気がします。
そして実際そのとおりなのかもしれません。
嫌な話はもうやめます。
そしてお姉さんが一日に何百回となく私に言いきかせてくれるように、
良いことだけを考えるよう努力してみます。
それから夜はきちんと寝るようにします。
嫌なことは大抵真夜中に思いつくからです。
病院の窓からは港が見えます。
毎朝私はベッドから起き上がって港まで歩き、
海の香りを胸いっぱいに吸いこめたら……と想像します。
もし、
たった一度でもいいからそうすることができたとしたら、
世の中が何故こんな風に成り立っているのかわかるかもしれない。
そんな気がします。
そしてほんの少しでもそれが理解できたとしたら、
ベッドの上で一生を終えたとしても耐えることができるかもしれない。
さよなら。
お元気で。」
名前は、
書いてない。
DJがこの手紙を受けとったのは昨日の3時過ぎ、
夕方仕事が終ると港まで歩き山の方を眺めてみる。
女の子の病室から港が見えるなら、
港から女の子の病室も見える筈だから。
山の方にはたくさんの灯り、
あるものは貧しい家の灯りであるものは大きな屋敷の灯りだ。
あるものはホテルのだし学校のもあれば会社のもあって、
実にいろんな人がそれぞれに生きてたんだと思う。
そんな風に感じたのは初めてで、
そう思うと急に涙が出てくる。
泣いたのは本当に久し振りだったけれど、
女の子に同乗して泣いたわけじゃない。
そして、
言いたいのはこういうことなんだと僕は・君たちが・好きだと言う。
Elvis Presley – Good Luck Charm
Don’t want a four leaf clover
Don’t want an old horse shoe
Want your kiss because I just can’t miss
With a good luck charm like you
四つ葉のクローバーなんていらないさ
古い馬蹄のお守りもほしくないよ
だけどねキミのキスは欠かせない
なぜってキミは幸運のお守りだもの
彼女のリクエスト曲『Good Luck Charm』は、
1962年にリリースされたシングル。
作詞・作曲は、
アーロン・シュローダーとウォリー・ゴールド。
ビルボード・Hot 100で2週連続1位を記録、
全英シングルチャートでも1位を記録してプラチナディスクに輝いた曲だ。
曲そのものは、
ボクにはたいして魅力的ではない。
でも、
このシーンと共に永遠に貼り付いてしまった曲でもある。
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