![ベートーヴェン - ピアノ協奏曲第3番 ハ短調 作品37](https://5thworld.izakayahopping.com/wp-content/uploads/2023/10/beethoven-piano-concerto-no3-1-1024x568.jpg)
それからベートーベンのピアノ・コンチェルトの3番。
「それからベートーベンのピアノ・コンチェルトの3番。」
―村上春樹,風の歌を聴け
彼女は黙って、
今度は2枚のLPを持って戻ってきた。
「グレン・グールドとバックハウス、どちらがいいの?」
「グレン・グールド。」
彼女は1枚をカウンターに置き、
1枚をもとに戻した。
<カリフォルニア・ガールズ>の入ったビーチ・ボーイズのLPの後に、
『僕』が頼んだのはベートーベンのピアノ・コンチェルトの3番。
ここで彼女が持ってくる2枚、
1枚は1958年録音のヴィルヘルム・バックハウス74歳の演奏なのかな?
ハンス・シュミット=イッセルシュテット指揮、
ウィーン・フィル。
でももしかすると同じウィーン・フィルだけど、
カール・ベーム指揮のやつかもしれない。
そしてもう1枚は、
1959年録音のグレン・グールド26歳の演奏。
もちろんバーンスタイン指揮、
コロムビア響(本当はニューヨーク・フィル?)。
この時点では、
カラヤン指揮のベルリン・フィルの可能性もあるけれどあとでバーンスタインの方だとわかる。
僕はジェイを呼んでビールとフライド・ポテトを頼み、
―村上春樹,風の歌を聴け
レコードに包みを取り出し鼠に渡した。
「なんだい、
これは?」
「誕生日のプレゼントさ。」
「でも来月だぜ。」
「来月にはもう居ないからね。」
鼠は包みを手にしたまま考えこんだ。
「そうか、
寂しいね。
あんたが居なくなると。」
鼠はそう言って包みを開け、
レコードを取りだしてしばらくそれを眺めた。
「ベートーヴェン。
ピアノ協奏曲第3番、
グレン・グールド、
レナード・バーンスタイン。
ム……聴いたことないね。
あんたは?」
「ないよ。」
「とにかくありがとう。
はっきり言って、
とても嬉しいよ。」
グレン・グールドとバックハウス、
ボクでもきっとグールドを選ぶだろう。
それは好みの問題であって、
どちらの演奏が優れているとかいう問題ではない。
ピアノ協奏曲第3番 ハ短調 作品37
![ピアノ協奏曲第3番 ハ短調 作品37](https://5thworld.izakayahopping.com/wp-content/uploads/2023/10/beethoven-piano-concerto-3.jpg)
ピアノ協奏曲第3番 ハ短調 作品37、
ベートーヴェンのピアノ協奏曲の中で唯一の短調の曲だ。
このハ短調は、
交響曲第5番 ハ短調 作品67と同じ。
だからだけではないだろうが、
いかにもイメージするベートーヴェンらしい作品になっている。
1796年から1803年にかけて作曲されたものだから、
それなりに時間を掛けて練られたものなんだろう。
初演は1803年4月5日アン・デア・ウィーン劇場で、
交響曲第2番 ニ長調 作品36と共に演奏されている。
ただこの時はまだピアノのパートが殆ど完成していなかったようで、
ベートーヴェン自ら即興で弾いたという。
翌年にはきちんと完成、
弟子のフェルディナント・リースがピアノを弾いてある意味完全なる初演となったそうだ。
第1楽章 Allegro con brio ハ短調 2/2拍子
第2楽章 Largo ホ長調 3/8拍子
第3楽章 Molto allegro ハ短調~ハ長調 2/4拍子
ベートーヴェンのピアノ協奏曲は5曲あるけど、
これはちょうど真ん中。
1.2番の流れを引き継いではいるけど、
4.5番の内容に近い過渡期の作品。
グレン・グールドのベートーベンのピアノ・コンチェルトの3番
それにしてもバックハウスとグールド、
同じ曲でも印象が随分と違う。
村上春樹『更に、古くて素敵なクラシック・レコードたち』では、
グールドの演奏をこんな風に書いている。
グールド盤でまず驚かされるのは、
―村上春樹,更に、古くて素敵なクラシック・レコードたち
オーケストラとピアノがほとんど喧嘩腰で演奏を始めるところだ。
どちらも「おれが主導権を取るんだ!」みたいな感じで。
そしてどちらも決して負けてはいない。
でもその争いはエゴスティックな動機から発したものではなく、
あくまでも音楽観の落差が必然的にもたらすものなのだ
(結果的にエゴも少しはあるかもしれないが)。
そのようなコンフリクトのスリルを面白いと思う人もいれば、
皮相的だと嫌う人もいるかもしれない。
僕はいつも、
違うルールに従ってゲームを進めているような二人の素敵なすれ違いぶりに感心しつつ聴き入ってしまうのだが。
よくもまあ、
こんなふうに表現できるなあと感心。
でもまあ、
まさにそんな感じである。
ヴィルヘルム・バックハウスのベートーベンのピアノ・コンチェルトの3番
さて『僕』にもボクにも選ばれなかった、
バックハウスのバージョンも。
今回は、
ハンス・シュミット=イッセルシュテット指揮の方で。
最初にも言ったけれど、
別にこれがグールドよりも劣っているわけじゃあない。
ただの好みの問題、
なのだ。
そもそもどちらもボクはレコードを持っているわけで、
他のものも何枚かあるしね。
グールドと草枕と砂の女
ところで、
グールドは夏目漱石の『草枕』が大好きだったらしい。
この作品を20世紀最高の小説とまで言い、
死の前年1981年にはラジオで『草枕』の朗読番組を作っている。
死の床には聖書と一緒に、
子細な書き込みがされた翻訳書があったという。
そして安部公房原作、
勅使河原宏監督の1964年公開の映画『砂の女』も何度も繰り返し観ていたらしい。
ちなみに『砂の女』は、
短編小説『チチンデラ ヤパナ』を長編化したもの。
この映画の音楽を担当したのは、
武満徹で彼はグレン・グールド賞を受賞している。
コメントしてみる お気軽にどうぞ!