女の子の肌のぬくもり、古いロックン・ロール…
微かな南風の運んでくる海の香りと焼けたアスファルトの匂いが、
―村上春樹,風の歌を聴け
僕に昔の夏を想い出させた。
女の子の肌のぬくもり、
古いロックン・ロール、
洗濯したばかりのボタン・ダウン・シャツ、
プールの更衣室で喫った煙草の匂い、
微かな予感、
みんないつ果てるともない甘い夏の夢だった。
そしてある年の夏（いつだったろう？）、
夢は二度と戻っては来なかった。
テレビのニュースのアナウンサーが今日は夏一番の暑さになるでしょうと得意気に断言していた日、
『僕』は『鼠』に頼まれて人（女）に会うことになっていた。
時計が12時を指すとオリーブ・グリーンのコットン・スーツと
なるべくプレスされたシャツに黒いニット・タイといういでたちでジェイズ・バーに向かう。
2時の約束まではまだ時間があるから、
海から山に向かって伸びた惨めなほど細長い街の中を車で回ってみる。
それから山の手特有の曲がりくねった道をしばらく回り、
川に沿って海に下り川口近くで車を下りて川で足を冷やす。
テニス・コートではよく日焼けした2人の女の子が、
白い帽子をかぶりサングラスをかけたままボールを打ち合っている。
5分ばかりそれを眺めてから車に戻り、
シートを倒して目を閉じしばらく波の音に混じったそのボールを打ち合う音を聞き続ける。
そして微かな南風の運んでくる海の香りと焼けたアスファルトの匂いが、
『僕』に昔の夏を想い出させることになる…。
ある夏の日の思い出、
いろんな思い出があるだろうけどその夢のような夏は決して戻ってはこない。
その通りで、
夏が毎年やってきてもある夏の日はもう決して戻ってはこない。
ある夏の記憶は、
いくつかの夏が混ざり合ったものなのかもしれない。
だからこそ、
より戻ることのない夏は甘い夢となる。
古いロックン・ロール
さて、
ここに出てくる『古いロックン・ロール』はどのあたりのものを指しているんだろう？
音楽用語としての『ロックン・ロール』が誕生した年は、
1951年と言われている。
ラジオDJのアラン・フリードが番組でR＆Bなどの黒人音楽を白人向けに紹介する際、
使ったというのはよく聞く話。
要は、
隠語みたいなもんだ。
そうしないと流せないくらい、
人種差別が酷かったんだろう。
じゃあ『ロックン・ロール』のレコードの最初は？となると、
まあ当たり前だけどあれやこれやいろいろと言われている。
まあこういう何かの最初なんて、
ハッキリコレ！というのは基本的にはないことが多い。
それでも、
いくつか言われているものは当然ある。
例えば、
ジャッキー・ブレンストン＆ヒズ・デルタ・キャッツ1951年の『Rocket 88』。
実際は、
アイク・ターナーと彼が率いたキングズ・オブ・リズム。
あとはゴリー・カーター、
1949年の『Rock Awhile』とか。
他にもロイ・ブラウン、
1947年のエルヴィス・プレスリーもカバーした『Good Rocking Tonight』とか。
シスター・ロゼッタ・サープ、
1944年の『Strange Things Happening Every Day』とか。
ビル・ヘイリー&ヒズ・コメッツ、
1953年の『Crazy Man, Crazy』とか。
同じビル・ヘイリー&ヒズ・コメッツ、
1954年の『Rock Around the Clock』とか。
エルヴィス・プレスリー、
1955年の『That’s All Right』とか。
まあいろいろと候補があるみたいだけど、
結局解釈は人それぞれだ。
ただ、
ここに挙げたどの曲も悪くない。
そんなロックン・ロールは、
一気に1度死んでしまうことになる。
1957年末にリトル・リチャードは突然引退、
神学校に入学して牧師になってしまう（もちろん後に復帰するけど）。
1958年には、
プレスリーが陸軍に召集される（1960年に除隊）。
同じ年にジェリー・リー・ルイスが前妻との離婚が未成立だった時に、
13歳の妻を娶り一時期追放。
同じ1958年にペイオラ（宣伝料を支払ってオン･エアしてもらうこと）によって、
アラン・フリードら人気DJが追放されてしまう。
そして1959年2月3日にはバディ・ホリーにリッチー・ヴァレンスにビッグ・ボッパーが、
飛行機事故で亡くなってしまう（いわゆる音楽が死んだ日）。
同じ年にチャック・ベリーは、
14歳の少女を不法に州境を越えて連れ回したとして逮捕されてしまう（1962年から2年間服役）。
1960年には、
エディ・コクランが自動車事故で亡くなってしまう。
こうやってロックン・ロールの旗振りたちが消え、
ブリティッシュ・インヴェイジョン（英国文化がアメリカ合衆国を席巻）を待つことになる。
コメントしてみる お気軽にどうぞ！