店の小さなスピーカーからはジェリー・マリガンのソロが流れていた。
店の小さなスピーカーからはジェリー・マリガンのソロが流れていた。
街とその不確かな壁
ずっと昔によく聴いた演奏だ。
私は熱いブラック・コーヒーを飲みながら、
記憶の底を探り、
その曲の題名を思い出した。
『ウォーキング・シューズ』、
確かそうだったと思う。
ピアノレス・カルテットでの演奏、
トランペットはチェット・ベイカーだ。
相変わらず店の小さなスピーカーからは、
ジャズが流れている。
今回はジェリー・マリガン・カルテット、
1952年リリースの『Gerry Mulligan Quartet』から『Walkin’ Shoes』。
西海岸ジャズを確立した、
記念碑的な名盤といわれているアルバムだね。
少しあとにも、
この演奏がもう1度出てくる。
頭の中で料理の細かい手順をひとつひとつ考えていくうちに、
街とその不確かな壁
私の心はいくらか落ち着きを見せたようだった。
何はともあれ、
そういう実際的なものごとに頭を働かせているあいだは、
それ以外の問題の存在を忘れることができる。
ジェリー・マリガン・カルテットの演奏する曲のタイトルを思い出している時と同じように。
料理の細かい手順をひとつひとつ考えていく、
というのはシャツをアイロンにかける十二工程みたいな感じだな。
頭が混乱してくるとアイロンをかける僕、
実際的なものごとに頭を働かせるとそれ以外の問題を忘れることができるというのは案外そうかもしれない。
この曲が、
村上春樹『街とその不確かな壁』の中で流れる音楽たちの最後の曲だ。
この曲が、
この物語の最後の曲である必然性があるかどうかはわからない。
この曲が流れて物語が終わるわけではないし、
音楽が実際に流れる場所は決まっているし。
それでも、
この曲が最後なのは悪くないと思う。
Gerry Mulligan Quartet – Walkin’ Shoes
Gerry Mulligan – baritone saxophone
Chet Baker – trumpet
Bob Whitlock – bass
Chico Hamilton- drums
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