ハイドンのト短調のピアノ・ソナタがかすかに聞こえていた。
僕があぶなっかしく積み上げられたバリケードがわりの長椅子をくぐった時には、
―村上春樹,1973年のピンボール
ハイドンのト短調のピアノ・ソナタがかすかに聞こえていた。
見知らぬ土地の話を聞くのが、
病的に好きだった『僕』。
話した相手の中には土星生まれが一人いて、
話を聞くためにバリケードがわりの長椅子をくぐる。
その時にかすかに聞こえていたのが、
ハイドンのト短調のピアノ・ソナタ。
山茶花の咲いた山の手の坂道を上り、
ガール・フレンドの家を訪ねるときのあの懐かしい雰囲気そのままだと『僕』は思う。
土星生まれの彼は1番立派な椅子を勧めてくれて、
理学部の校舎からくすねてきたビーカーに生温かいビールを注いでくれた。
そして、
自分が生まれ育った土星の話をし始める。
とても引力が強くて、
口から吐き出したチューイングガムのかすをぶっつけて足の甲を砕いた奴までいる。
太陽はホーム・ベースの上に置いたみかんを外野から見るくらいに小さいから、
いつも暗い。
でも生まれた星だから皆出て行かないし、
自分も大学を出たら土星に帰って立派な国を作るのだそうだ。
今は、
地球の片隅でバリケード封鎖をして閉じ籠っている。
そして、
いずれ機動隊に引き摺り出されることになるだろうけど。
ハイドン – ソナタ 第32番 ト短調 Hob.XVI:44 op.54-1
ハイドンのピアノ・ソナタは疑問視されているものや偽作消失作も含めると、
全部で60曲以上にも及ぶ。
だけど、
ト短調のものは実はたった1曲しかないのだ。
それが、
ソナタ 第32番 ト短調 Hob.XVI:44 op.54-1。
1788年にHob.XVI:45および46と共に出版されていて、
様式的に1766年Hob.XVI:45と同時期か1770年頃と考えられている。
ちょうど鍵盤楽器の主流が、
チェンバロからフォルテピアノに段々と変化する時代あたりだ。
シュトゥルム・ウント・ドラング
この頃(1768年-1772年)のハイドンの作風については、
いわゆる『Sturm und Drang(シュトゥルム・ウント・ドラング)』という言葉が使われたりする。
ある時期だけ短調を多用したりフーガのような対位法的技法を使用したりと、
前後の時代と異なる作風になっているので使われているらしい。
ちなみに『シュトゥルム・ウント・ドラング』とは、
ドイツ劇作家フリードリヒ・マクシミリアン・クリンガーが1776年に書いた同名の戯曲に由来。
古典主義や啓蒙主義に異議を唱えて理性に対する感情の優越を主張、
後のロマン主義へと繋がっていくもの。
例えばゲーテの『若きウェルテルの悩み』なんかは、
代表的作品と言われている。
日本語だと『疾風怒濤』と訳されているけど、
直訳すると『嵐と衝動』となる。
ただ本来シュトゥルム・ウント・ドラングは文学運動のことだし、
ハイドンのこの時期の作風はクリンガーの戯曲よりも実は古かったりするのだけどまあいい。
それでこのソナタは2つの楽章から成っていて、
どちらもト短調だ。
曲の構成
この曲は、
2つの楽章からなる。
第1楽章:モデラート ト短調 4/4拍子 ソナタ形式
第2楽章:アレグレット ト短調 3/4拍子
ハイドン – ソナタ 第32番 ト短調 Hob.XVI:44 op.54-1 関連 Play List
ここでは演奏が誰なのか?
は出てこない。
なので、
1987年スヴィヤトスラフ・リヒテルのピアノで。
あとハイドンのピアノ・ソナタで、
グレン・グールドのものがある。
生前にリリースされた最後のアルバムで、
1980-81年に吹き込んだ『ハイドン:後期6大ピアノ・ソナタ集』。
これがまた、
かなり良いのだ。
その中から、
ピアノ・ソナタ第56番 ニ長調 Hob.XVI:42 op.37-3。
ハイドン – ソナタ 第32番 ト短調 Hob.XVI:44 op.54-1 関連 Play List
01 スヴィヤトスラフ・リヒテル – ハイドン : ソナタ 第32番 ト短調 Hob.XVI:44 op.54-1
02 グレン・グールド – ハイドン : ソナタ 第56番 ニ長調 Hob.XVI:42 op.37-3
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